家に智絵里軍団

シンデレラガールズと雑談のパッチワーク(ツイッター→ @yenichieri)

『ブヴァペキュ』について

 

 

………………

P「いつの日か、『ブヴァールとペキュシェ』を女女で書いてみたいわけですよ」
神「女女とか言うな」
P「実は私もあまり好きなワードじゃないんですが、ちょっと使ってみたくて」

文「…書けばいいのでは」
P「無理どす」
橘「知ってました」

P「以下、かつて書いた『ブヴァペキュ 上・中・下』の感想をコピペして、今日は終わります」

神「ブヴァペキュて。変な略し方すんなよ」
比「カプ名みたいっスね」
杏「『ブヴァペキュ』派と『ペキュブヴァ』派がいるのかな」

P「感想の体をなしていないのは、仕様です。数日にまたがっていたものをひとまとめにし、誤字を訂正し、改行まわりを少しいじり、一部の寒いセルフツッコミを削りましたが、ほぼ原文ママです。ではでは↓」

 

 

ブヴァールとペキュシェ・上」(フロベール)、読了。

ふたりの平凡な中年男が、出会い、意気投合。
片割れが遺産を相続し、田舎に引っ込んだふたりは、農業に悪戦苦闘し、家畜の飼育に四苦八苦し、庭造りに耽溺し、化学の勉強に勤しみ、医学に興味津々、地質学に嵌り、歴史学を研究し、 骨董品を漁る……

 

漢字読めなくて詰まる、という経験を久々にしました(読了遅れた一因ということで)。1刷は1954年、つまり50年ちょっと前の日本ではこんな難しい漢字を平気で使っていたわけだ……

しかし、54年に1刷で2007年に4刷ってのは、そりゃあ絶版もするわなって感じです。

 

ブヴァールとペキュシェ・中」(フロベール)、読了。

歴史学に幻滅したふたりは、歴史小説などフィクションを読み始める。
冒険小説から恋愛小説、悲喜劇を経て文法の研究、おりしもパリでは2月革命、村では政治論議が巻き起こり、冷めると恋愛、そして失恋、降霊術からオカルト、やがて哲学に被れて自殺を考えるも、宗教に救いを見出し……

 

まったくこいつら何やってんだろう(こんな薄い本に4日もかけてしまったわたしも含めて)……

 

ブヴァールとペキュシェ・下」(フロベール)、読了。

詳しい話は、たぶん月曜日になると思います。
ひとつだけいま云うなら、三分冊するには薄すぎない?上下の二分冊で良かったんじゃない?と。

 

さて、今日の本題は「ブヴァールと ペキュシェ」です。

この話は、『ブルジョア社会の愚劣さの風刺』というのがテーマのようなのですが……

そもそもブルジョアってなんなのか?
いまいちピンと来ないのが現実でありまして。だから、この「ブヴァペキュ」(妙な略し方するな)におけるブルジョアとは誰なのか?それも分からない。それに、主人公ふたりもそれを取り巻く人たちも、どちらもかなりひどい描かれ方をしてますからね。そりゃあ凡俗の読者は迷いますよ、どっちが風刺のターゲットなのか。

とはいえ実際、そんなこと気にして読んだりしないわけでして(ある意味正解ある意味失格)。わたしは単に『ふたりの男の滑稽な生き様』を描いた物語だと思って読みました。周りの迷惑顧みず本能の赴くままといった風情で次から次へと興味の対象を猟歩して行く二人の中年男。その様はもはや滑稽を通り越して醜悪ですらあります。

例えるなら、そう、泥のなかで転げまわる豚のよう。

しかし、そんな生き方に羨望のようなものを覚えないでもないわけで。

何も気にせずやりたいことをやるというのは、ひとつの理想形には違いないですからね。特にそれが、彼らのように大量の本に囲まれての生活となればなおさらです(けっきょくそれか)。泥のなかで転げまわる豚だって、見てくれはどうあれ本人たちはきっと楽しいはずなんだから。

 

ちなみに、この「ブヴァールとペキュシェ」は未完です。

作者のギュスターヴ・フロベールは、机の上の資料に突っ伏して死んでいたそうです。なんともはや、これもまた憧れてしまう生き様ではありませんか。

……よし、こまちさんの最期も 『それ(原稿に突っ伏死)』でいこうよ(勝手に死亡エンド)。