家に智絵里軍団

シンデレラガールズと雑談のパッチワーク(主にプロレス・自転車談義)

私を止める瞳子

眠れぬ夜は幾度も過ごしたけど、今夜がいちばんかもしれない。

 

ベッドの中で寝返りを打ちながら、瞳子はそう思った。
目を瞑っても、布団を頭からかぶっても、仰向けでも、うつ伏せでも、枕を抱えても。
どんな格好になっても、なかなか眠気はやってこない。

 

祐巳さまとのデートが終わって数時間。
もうすぐ日付が変わり、運命の日がやってくる。
そのことを考えると、なおさら眠りが遠ざかってゆく。

挙句の果てには、頭のなかで声が聞こえ始める始末。
それは瞳子自身と祐巳さまの声で、頭のなかの二人は、出会ってから今までに交わした会話を、覚えている限り片っ端から再生し始めて、寝かせてくれる気配もない。

 

それでも、ようやくうとうとしはじめたころ。

ふと、奇妙な気配を感じた気がした。
部屋の中に、いつの間にか誰かがいるような、そんな感覚。

でも、もちろんそんなはずはない、神経質になりすぎてるだけ。
そう思いつつ、なにげなく目を開けると、何かが視界を塞いでいた。

『それ』は、瞳子の顔を覗き込むようにして、枕元に立っていた。
唐突にしてありえない展開に驚いたが、むしろ驚きすぎて、逆に悲鳴を上げずに済んだ。

枕元の『それ』は、じっと瞳子を見下ろしている。
暗闇のこととて、細部までは分からない。

それでも、瞳子は『それ』に覚えがある気がして、無意識に問いかていけた。

 

「あなたは、私?」

 

見下ろす黒い影は、わずかに頷いた。
暗くてよく見えないが、口元らしきところから声が降ってきた。

 

「私は、あなた。
未来から来た松平瞳子
突然だけど、お願いです。
祐巳さまの妹にはならないで」

 

自称『未来から来た松平瞳子』は、そう云った。
紛れもない、瞳子自身の声で。

 

瞳子と『未来の瞳子』は、照明を点けて明るくなった部屋で、向かい合って座っていた。
明かりの下で見ると、容姿は確かに瞳子そのものだ。
しかし、その雰囲気はどこか覇気に欠けたような、物憂いものだった。
じくじくとした、湿ったような目が、不安感を煽る。

「訳が分からないまま訊くのだけど」

半端な眠さに目を擦りつつ、そう前置いてから『未来』に訊ねる。

「何故、祐巳さまの妹になってはいけないの?」

『未来』は、伏せがちな目をさらに伏せる。

「理由は、云えません」
「何故、云えないの?」
「そういう決まりだから、です。どうにもならない、法則レヴェルのルールだから」

さっぱり分からない、と瞳子は身振りで伝えた。
相手が自分なら通じるはず、と期待して。
だけど、サインが通じているのかいないのか、『未来』は無反応。

「そもそも、どうやって過去に来たの?
あなたが、本当に未来から来た私だとして、だけど」
「それも、云えません。理由は、さっきとほぼ同じ」

ばさ、と軽く髪を掻き乱し、混乱と苛立ちの合図を送る。

「あなたは、未来から来た。
その理由は云えない、方法も云えない。
そして、妹になるのを止めろ?
それはまた、ずいぶんな話ね」

『未来』は答えない。
拗ねた子供のように、膝を抱いて黙然としている。

「何とか云ったらどうなの?」

口調は自然、詰問になる。

 

「確かに、ずいぶんな話ですわね。
ようやくここまで来たのに、いまさら止めろだなんて」

 

その声は、『未来』のものではなかった。
『未来』とは違う声、いや、『未来』とまったく同じ、別の声。
はきはきと快活だが、どこか妙な癖のある声。

目を上げた瞳子と、『未来』のちょうど中間。
ベッドの端に、脚を組んで腰掛ける人の姿。

 

それはどう見ても、『三人目の瞳子』だった。

 

「始めまして、私はあなた。
未来から来た松平瞳子と申します。
そしてもちろん、私は祐巳さまの妹ですわ」

 

ベッドから降りた『三人目』は、優雅な仕草でお辞儀をした。

ふて腐れたような『未来』と違い、『三人目』は笑顔。
人を見下すような、それでいて惹き付けられるような、魔性を帯びた笑顔。

自己紹介したきり、艶然として喋らない『三人目』に、不本意ながら話しかける。

「あなたは、なにをしに来たの?」

待ってました、と『三人目』は目を輝かせる。
そして、『未来』の方に手を振る。

「彼女たちが、あなたに代表を送るころだと知って、 阻止しに来たのですわ」

妹にならないで、という『未来』を阻止するために来た。
と、いうことは。

「つまりあなたは、私に祐巳さまの妹になってほしいのね?」
「もちろんですわ」
「何故」
「現状に満足しているから、としか云えませんわ」

「それは、何も答えていないに等しいです」

黙りきりだった『未来』が、ぼそり、と云った。

「それは、当然でしょう?
私たちには答える権利がありませんもの」

軽くいなして、にやにやとする『三人目』。
その笑顔がとても気に障る、と瞳子は思った。

「そうそう」

ふと思い出したように、『三人目』が『未来』の腕を取る。
そのまま『未来』の身体を引き寄せ、顔を寄せ、強引にツーショットを作った。

「どちらが幸せそうに見えるかしら?」

「私の方でしょう?
だから私の云うとおりにした方が賢明ですわよ。
とでも云いたいの」
「ああ、残念ながら、肯定も否定も出来ませんわ。
私たちは、その権利も持ちませんから」

そしてまた、可憐で粘つくような笑顔。

この『三人目』の存在は、どうにも神経を逆撫でる。
過去の自分にすらそう思わせるのだから、相当のものだ。
視線を下げて気づいたが、信じられないことに、脚は胡坐をかいている。

いったい、彼女の未来とはどんなものなのだろう?
彼女の未来には、どんな祐巳さまがいるのだろう?

 

そのとき、部屋の外で、
ばたっ どん
という、物が倒れる音と、壁を拳で叩くような音がして、思わず飛び上がった。

客人の様子をうかがうが、『未来』はすがすがしいほどの無反応。
『三人目』は、うふふ、と嫌な笑い方をした。

「どうやら、四人目のお出ましですわね。
しかも、彼女はちょっと、危なそうな方だわ。
お気をつけてね」

 

ノックがした、と思ったら、もうドアが開いた。
侵入してきた『四人目の瞳子』を見て、これは確かに危ない、と思った。

光の薄い、濁ったような目。
その下には、くっきりと濃い隈。
顔色も悪いし、なんだか姿勢も悪い。

何より、室内なのにコートを着ている。
その下に何を隠しているの、と無根拠な戦慄が背筋を走る。
心に壁のある人は防寒着や上着を脱ぎたがらない、という話を思い出す。

『目の下に隈のある四人目の瞳子』は、暗い目で室内を見渡した。

「ずれたわ」
「出現位置のことかしら」

『三人目』が、小声で耳打ちする。

「さっきのはきっと、何もないところで転んで、壁に八つ当たりする音ですわよ」

不本意ながら、同意見だった。
こそこそしている二人を咎めるように、『隈』が口を開く。

 

「始めまして。
分かってると思うけど、私はあなた。
未来から来た松平瞳子
悪いことは云わないから、あの方の妹になるのは止めて」

 

くくっ、と『三人目』が笑いをこらえる音がした。
『隈』は、きっ、とそれを睨んだが、何も云わずその場に座り込む。
単純に、立っているのが苦痛だ、という座り方。

『三人目』が、けしかけるようにわき腹をつつく。
『未来』は、視界の端で膝を抱えたまま、ごろん、と横倒しになっていた。

「何故、祐巳さまの妹になってはいけないの」
「理由はもちろん云えない。
だけど、私はもう、これ以上耐えられない」

『隈』は、両手で顔を覆った。
泣いてはいないようだが、だとすればいったいどんな顔をしているのか。
そう考えると、恐ろしかった。

うくく、と『三人目』が堪えきれずに、嗚咽のように笑った。
その口を塞いで、ベッドの下にでも押し込んでやりたくなる。
自分が相手なのだ、いざとなれば遠慮はいらないだろうか。

「彼女は、どう見ても極端な例ですわね」

わざと『隈』にも聞こえる音量で、『三人目』が云う。

「私に云わせれば、あなたも十分、極端な例だわ」

瞳子は、そう指摘した。
『三人目』は、面白くてたまらないというように身体を揺らす。

「それを否定することは出来ませんわ。
でも、彼女の弁護にもなってませんわよ」

誰の弁護もするつもりは無かったが、反論するのも面倒だった。

 

改めて、部屋の中を見渡す。

自分が、私が、松平瞳子が四人。
一人は、今の私、今の自分。
あとの三人は、未来から来たと云う。
そのうち二人は、祐巳さまの妹になるな、と警告に来た。

 

いったい、なんなのだろうこれは。
悪夢にしては、下らなすぎる。

いったいこれは、いつになったら終わるのだろう。
早く眠りたいのに。
早く眠って、明日を迎えて、学校に行って、祐巳さまに会って、そして……

 

ふと、『未来』が気になった。
丸まり転がって縦に並んだ目が、じっ、と一点を見つめていた。

視線を追いかけたその先は、ベッドの上。
布団が、膨らんでいた。
誰か、中にいる。

『三人目』も気付いたらしく、あらあら、と苛立たしいほど余裕の構え。

「出ていらっしゃい、五人目さん。
あなたは、どちらの味方なのかしら?」

 

応えるように、もぞもぞ、と布団が蠢く。
そして顔を出した、『五人目の瞳子』。
その顔を、思わず瞳子は凝視した。
『三人目』も、『未来』も、『隈』も、凝視している。

「あらら」

ここへ来ていちばんの真剣な表情で『三人目』が漏らす。
確かに、あらら、だわ、と思った。
他人には分からないかもしれない、わずかながら重大な違いが『五人目』にはあった。

 

「始めまして、私はあなた。
未来から来た松平瞳子です。
雑音は気にせず、どうぞご自分の判断を」

 

『五人目』が云って、ベッドの上に正座して、お辞儀をした。

「あはは、なるほど。幸せそうな方ですわね」

『三人目』が、心底愉快そうに笑う。
笑うな、と怒鳴りたくなる。

当の『五人目』は、意に介することなく、にこ、と微笑んでいる。

彼女だけは、どうやら健全らしい、と瞳子は思った。
顔の色艶がとても良い。
そして少々、丸い。

「俗に云う、あれ、ですわね」

意外なことに、『三人目』が空気を読んで、明言を避けた。

俗に云う、幸せのために引力が増加するという、あれ。
幸せのせいでそんな目に遭ったら、幸せが目減りしないか、と乙女心はつぶやく。

そんなこと気にもしないのが、本当の幸せ、なのか……

 

 

 

頭が、重い。
ようやく、本格的に眠気が押し寄せてきた。

霞んだ目で見ると、『未来』が丸くなったまま、眠っている。
野性の形骸化した、けもののように。

『隈』も、意外と穏やかに、眠っている。
隈の原因は、やはり寝不足なのか。
彼女の生きる未来は、そんなに、夜が遅いのだろうか。

太ももの上に重量感。
見下ろせば、『三人目』が、厚かましくも膝枕。
くうん、と悩ましげな寝息が漏れる。
鼻をつまんでやったら、無反応。

『五人目』は、完全に、布団の海に没していた。

 

 

自分だらけ、という、室内の惨状を、見渡す。

 

「あなたたちは、けっきょく、なにをしに、来たの」

 

すべては、夢。
そう、思い込むことに、する。

けっきょく、未来は、私のもの。
それだけは、覚えておく。

 

膝の頭を落とさぬよう、そぅ、とベッドに寄りかかる。

 

「おやすみなさい」

 

とにかく、眠ろう。

そして、明日、学校に行って。

それから。

 

 

<おわり>

(初うp→07/9/30)

………………

杏「なにこの“くぎゅパラダイス”」
比「脳内再生余裕っス」

菜「タイトルは『ぼくを止めるのび太』、内容は『ドラえもんだらけ』ですかね」

P「原作では、瞳子祐巳の机にドラえもんを落書きしています。それを『瞳子祐巳の妹になる伏線だ』と主張したのは、私です」
橘「それがなぜ伏線になるんですか」
P「祐巳は作中でたびたび『狸』と形容されているんです。そして、狸といえばドラえもん祐巳=狸=ドラえもん。証明終わり」
神「ドラちゃんが聞いたら怒るぞ」

P「ついでに。『日本の創作作品の7割には藤子・F・不二雄作品への言及(パロディ・オマージュ等含む)がある』というのが私の長年の持論。真剣に検討する気はさらさらないですけど」

比「そういえば、デレステの最新イベント『クレイジークレイジー』の劇場にもあるっスよ」
神「ああ、確かに。あれはどう見てもドラえもんネタだ」
杏「これで少なくともデレステはその論に当てはまるわけだ」
菜「モバマスの方にはすでにあった気がします!具体的には、思い出せませんけど……」