家に智絵里軍団

シンデレラガールズと雑談のパッチワーク(ツイッター→ @yenichieri)

目薬をさして

たそがれどき
夕日色に染まった新聞部の部室inクラブハウス

お姉さまの奏でるキーボード打撃音をBGMに
真美は赤ペン片手に原稿のチェックをしていた

(夕日の赤と赤ペンの赤)
(このふたつの赤を、同じ『赤』という言葉で表現しても良いものだろうか)

なんて、記事の内容と全く関係ない哲学ちっくな命題を頭の隅で検討しながら
容赦なく誤字・脱字・文法ミスetcを訂正していく

と、とつぜんキーボードを叩く音が途絶えた

変わりに聞こえてきたのは
「むぅ~」というか「ぬぅ~」というか「くぅ~」というか
それらを混ぜ合わせたような、オリジナルブレンドなお姉さまのうなり声
アンド、何かをこする音

真美は真っ赤な原稿(通称・火だるま)から目を上げた
そして見たものは
原稿や夕日に劣らず真っ赤になった眼を、両手で必死にこするお姉さま
その姿は泣きじゃくる子供のようで、ちょっとほほえましい

(ロマンチストの三奈子は)
(美しい夕日に見惚れすぎて、眼が真っ赤な夕日色になってしまいました)

なんて、童話ちっくな文章を頭の端でひねりながら
真美はお姉さまに声をかけた

「そんなにこすったら結膜炎になりますよ。眼科、行きたいですか?」
「行きたくないわ」
「じゃあ、こするの止めましょう」
「でも、かゆいのよ」

そう答えて、悪びれずに眼をこすり続けるお姉さま
真美は、やれやれ、といった風にため息をついた
と同時に、あることを思い出す

「お姉さま、わたし目薬持ってます」

そう言いつつかばんのなかを探り、小さな目薬を取り出す
そしてそれを手のひらに載せてお姉さまに歩みより、差し出した

「どうぞ、使ってください」
「あ、ありがとう」

そう答えて目薬を受け取ったお姉さまだが
何故かキャップも外さずに、手の中のそれをじっと眺めるだけで
いっこうにさす気配がない
と、真美はふとあることを思いついて訊いてみた

「もしかしてお姉さま、自分では目薬をさせない人ですか?」
「……ええ、実はね」

真美の問いかけに、お姉さまはちょっとばつが悪そうに答えた

「やっぱり」

そう、世の中には大人になっても怖くて目薬をさせないひとがいるらしい
そのことは真美も知っていたけれど
でもまさか、怖いもの知らずがポニーテイル結って歩いているようなお姉さまがそれだったとは
真美には新鮮なおどろきだった

「というわけで、真美」

お姉さまの新たな一面に感じ入っていた真美に対して
どことなく恥ずかしそうに、お姉さまは言った

「さしてくれないかしら、目薬」

「……えっと、やぶさかではありませんが。でも、どうやって?」

自分より身長が高いひとに目薬をさすのはなかなかむずかしいのではないか
と、さしたことのない真美は思った

「そうねぇ……」

あごに手を当てて、つかのま考える人と化すお姉さま
さきほどの恥ずかしげな表情をわきへ押しやって
何かをたくらんでいるような楽しげな表情が浮かんでくるのに、真美は気付いた

「やっぱり、寝転がるとさしやすいわよね」
「はあ」

やはりそうきたか、と思いつつ
真美はいつかどこかで観た記憶のある、とある光景を思い出した
それは、寝転がって母親のひざの上に頭を乗せ、目薬をさしてもらっている小さな子供の姿

「あの、もしかして」
「何かしら」
「どさくさにまぎれてわたしにひざまくらさせよう、とか思ってませんか?」

 真美はズバリと指摘した

「……思ってた。ていうかなんで分かったのよ」
「やっぱりですか」

真美は、全く困った姉だわ、といった風にため息をついた
しかし、お姉さまも負けてはいない

「ていうか真美、だめなの?ひざまくら」

陰謀が露見したとたん、今度は正面攻撃に打って出た
真美はもはや開き直ってしまった感のあるお姉さまに、律儀に答える

「……やぶさかではありませんが、今は無理です」
「どうしてよ?」
「お姉さまの後ろで結った髪の毛が邪魔ですから」
「……憎らしいほど論理的な答えね」
「それはどうも。で、目薬ですが」

そして真美は、かなり逸れてしまった話を本道に戻すべく提案した

「横になるのがだめなら、縦のままさすしかありませんね」
「そのようね」

そう言うなりお姉さまは
長いスカートの裾を膝の下に織り込むようにして、その場にひざまずいた
そして、天を仰ぐように顔を上に向ける

「これでさせるでしょう」
「……確かに。ていうかはじめからそうしてください」

そう言いつつ真美は、お姉さまのそばに近づいた
そしてひざまずいたお姉さまを見下ろした

それはなんとも不思議な感覚だった
この年頃の女子としてはかなり長身なお姉さまである
そのお姉さまを至近距離から見下ろす機会は、なかなかないものだ

おまけにお姉さまは今、何故か目を瞑って、両手を胸の前で合わせている
まるで、神に祈りをささげる乙女の図だ
こんな(見かけだけとはいえ)敬虔なお姉さまの姿を見るのもまた、初めてのことだった

真美はよく分からないまま胸が高鳴るのを感じつつ、言った

「目、開けてください」

それに応えて目を開けたお姉さまは、意地悪そうににやりとして言った

「真美、顔が赤いわよ」
「ゆ、夕日のせいです」

そう返しながらも、真美はますます顔が赤くなっていくのを自覚した
そして、お姉さまのその茶々入れで動揺してしまったのか
目薬のキャップを外そうとする指が、微妙に震えて言うことを聞かない

「真美、はやく」

お姉さまは、ここぞとばかりやけに楽しそうに催促してくる

「あんまり急かすと鼻にさしますよ」
「……さすがにそれは下品」
「すみません。……あ、開きました」

ようやくキャップの外れた目薬を片手に
真美は、軽く腰を曲げてお姉さまの上にかがみこんだ
お姉さまの顔が文字通り目の前に見えて、またもやどぎまぎしそうになったが
意地で冷静さを保つ
そして手に持った目薬を、お姉さまの見開かれた右目の真上に固定した

「やさしくしてよ、真美」
「……きびしいさし方があるのなら是非知りたいです」

 

ぽとん

 

「あっ」

何の合図もせずに、真美はいきなり右目にしずくを落として
お姉さまが小さく声をあげた
そして恐らく無意識にであろう、手を顔に近づけようとするのを
真美は両手でお姉さまの両手首をつかんでおしとどめた

「さわっちゃだめです」

手を封じられたお姉さまは、潤んだ目を何度も瞬かせた
真美は、まるで自分がお姉さまを泣かせてしまったかのような錯覚にとらわれた

「さわっちゃだめですよ」

もう一度そう繰り返して真美は右手をはなした
そして、ハンカチを取り出すと
お姉さまには手渡さず、自分でお姉さまの右目をぬぐう

そのあいだお姉さまは、右手をつかまれたままじっとしていた
が、やがて真美がハンカチをのけると、自由な左手で右目にさわろうとした
それはやはり、さきほどと同じく無意識のうちの行動だと思われたが
真美は有無を言わせず無言のままもう一度右手でお姉さまの左手首をつかんだ

「さわっちゃだめだと言ったはずです」

真美としては静かな口調でそう言ったつもりだったのだが
お姉さまは、まるで恫喝でもされたようにびくりと身体を震わせた
しかし真美はかまわずたたみかける

「左目もさしましょうか?」

そう訊いて、しかし返事も待たずに真美は行動を起こした
お姉さまの両手首を左手だけでつかみ、強引に身体を引き寄せる
そして、引っぱられてやや前のめりになったお姉さまの頭上で、目薬を持った右手をかまえる

「顔上げて目を開いてください」

指示に応えてお姉さまはどことなくおどおどと顔を上に向けた
その左目は、まだ目薬をさしてもいないのに少し潤んでいるように見えた

 

ぽとん

 

真美は容赦なく左目にしずくを落下させた
お姉さまは今度は無言のまま、それを受け止めた

真美は、お姉さまの手首を捉えたまましばらくその顔を眺めていた
お姉さまもまた、濡れた瞳で真美を見上げた

やがて、あふれ出た目薬が
お姉さまの頬を、ゆっくり流れ落ちた

そのちいさなひとしずくが、夕日を受けて赤くきらめくのを
真美はなにも言わずに見つめていた

 

 

<おわり>

(初うp→04/12/25)

………………

P「新聞部なら目も酷使するでしょう。と、テーマの必然性を強調しておきます」

楓「新聞部なら、メモも酷使しますね♪ふふ」
P「結果発表まであと約2時間なので、中間一位さんは大人しくしててください」

文「…句点を省略するとは、大胆ですね」
P「たぶん、童話を意識してるんだと思いますけど、よく覚えてません」
橘「童話にも句点はあると思いますけど……」

P「アニメ版の真美さんの声が超かわいくてびっくりした思い出。初登場が第2話で、声を聴いてすぐに『声優誰?』って調べましたね。初めて声優というものに興味を持った瞬間でした」
神「山口真美の中の人はっと……ははあ、かわいい声なのも納得の人だ」

P「調べてまず驚いたのが、私とその中の人の誕生日が同じだということ」
杏「あー、これは運命感じちゃうパターンだ」
P「感じましたね、運命。中の人とではなく、外の人とのね」
神「そっちかよ」
P「その中の人が、私が最初に好きになった声優であることも事実ですけどね」

凛「これ、前に話してた『萌えシュチュエーションとしての目薬』の話だね」
夏「しかし、目薬だけでよくこんなに長々と書けたもんだな。しかも、後半なんで無駄にシリアステイストなんだよ。ある意味アンタの面目躍如って感じだけどさ」
P「絵として美しければそれで良いんです」

橘「今回は、パロディはありませんね」
P「そうですね。強いて言えば『通称・火だるま』だけです」

 

楓「じゃあ、さっそくこのお話を凛ちゃんとまゆちゃんに演じてもらいましょうか♪いつかの寸劇の再演です」
凛「良いね。さすが、楓さんこそ“才媛”だよ」
楓「あら、やるわね三代目さん♪」
凛「そっちもね、推定六代目さん」

ま「まゆ、置いてけぼりなんですけど……」