家に智絵里軍団

シンデレラガールズと雑談のパッチワーク(主にプロレス・自転車談義)

通過儀礼

私の名前は高知日出実
記者だ。
山口真美さまが私のお姉さまだ。

ただし、今から書くのは、私が真美さまの妹になる以前の出来事である。

 

新聞部に入部して少し経ち、徐々に一人前の仕事を任されることも増えてきたある日の放課後。
私は、部室で原稿書きに精を出していた。
室内には、ワープロの前に陣取った三奈子さまをはじめ、真美さま以外の全部員が揃っていた。

普段の新聞部は意外と静かだ。
実は、入部していちばん驚いた点はこれだったりする。

もちろん編集会議が白熱することはある。
締め切りが迫ってくると、いわゆる修羅場と呼ばれるような、騒然とした雰囲気になることもある。
しかし、そのどちらとも関係の無いときの新聞部は、いたって和やかだ。
それも、三奈子さまと真美さまのどちらか、あるいはご両人が共に席を外しておられるときは特に。
というのは、会議で侃々諤々するのはたいてい三奈子さまと真美さまだし、修羅場になったときいちばん騒々しいのは三奈子さまであり、それに唯一まともに反応するのが真美さまだからである。
あのおふたりを見ていて、マッチポンプ、という言葉が浮かんだのは内緒である。

ともかく、その日は会議もなく、締め切りまで余裕があり、三奈子さまはいるけど真美さまはいない、そんな、とても平和な日だった。
聞こえるものといえば、原稿用紙にペンを走らせる音。
三奈子さまに睨まれたワープロがファンを回す音。
そして、先輩たちが交わすひそひそとした相談の声と、ときおり漏れるくすくすという笑い声。
適度な雑音で満ちた、いかにも仕事の捗りそうな、心地良い空間が出来上がっていた。

そこへ、割り込むように、足音が響いてきた。
それは、部室棟の廊下を颯爽としたテンポで、こちらに近づいていた。
そのころの私は既に、部室に接近する主な人々の足音をすべて聞き分けることが出来た。
だから、それが真美さまの足音であることに、すぐに気づいた。

数秒後、扉を開けて現れた真美さまに、

「おかえりー」
「おつかれさま」

と、労いの言葉が飛ぶ。
しかし、それが聞こえたのか聞こえていないのか、真美さまは敷居を踏んで仁王立ちしたまま。
部屋の中に入ってこようとしなかった。

「どうしたの?痺れ罠でも踏んだ?」

三奈子さまが、顔も上げずに微妙なジョークを放つ。
それに対する真美さまの答えは、こうだった。

「お姉さま、ガサ入れがやって来ます」

そのひとことで、室内の雑談と雑音がぴたりと止んだ。
まるで、テレビのリモコンのミュート・ボタンを、間違って押したかのようだった。
かく云う私も、意味も分からぬまま手を止めて、真美さまを見た。
ちょうど真美さまもこちらを見ているところで、期せずして目が合った。
しかし、その視線は、すぐに逸らされてしまった。

私は、遠慮無く真美さまを見つめたまま、思考を展開させた。
真美さまは今、確かに『ガサ入れ』と云った。
私の記憶が確かなら、それは『強制捜査』や『家宅捜索』を指す隠語だったはず。
私は、そんな自分の記憶と、ついでに耳を疑った。
何故なら。
それは、高校の新聞部に家宅捜索なんて話は聞いたこともなかったからに他ならない。
そもそも『ガサ入れ』なんて、真っ当な生活をしている限り至近距離で聞くことはまず無い単語だ。

しかし、三奈子さまはといえば、

「そう、そろそろだとは思ってたけど」

事も無げにそう云って、面倒くさそうに長い溜息を吐いた。
周りを見渡すと、他の先輩たちも、来るべきものが来た、といった感じで目配せしている。
それらの反応から察するに、この学園には新聞部に対する家宅捜索という、本来あり得ざるものが存在するらしい。
それを、新入生の、いや、新入部員の私が知らなかった、というだけのことで。

しかし、もしそうなのだとしたら。
この学園には、たかが一部活動にガサ入れを敢行するような、いわゆる『当局』に相当するものも、存在することになる。

そんなことを考えていた私は、ふと右側頭部に視線を感じた。
そちらに首を回すと、今度は三奈子さまと目が合った。
その機を逃さず、質問を投げかけてみる。

「あの、部長。ガサ入れって、どういうことですか?」
「答えてあげたいのはやまやまなんだけど」

三奈子さまは、予め用意していたようにそう云って、いまだ戸口に立つ真美さまに視線を移した。
真美さまが僅かに頷いて室内に足を踏み入れ、扉を閉めたのを確認し、 私に視線を戻す。

「どうやら、そんな時間は無いようだわ」

その答えを、私は既に予期していた。
何故なら。
私の質問が終わらないうちに、新たに複数の足音が、廊下を通ってこの部室に接近していることに、気付いていたからだ。
それらの足音は、どれもこれも、これまでに耳にしたことのないものばかりだった。

やがて、足音は部室の前に達し、真美さまが閉めたばかりの扉が、外から開かれた。
ノックのひとつもなかったことが、私を不安にさせた。
足音は確かに五人以上のものだったが、入ってきたのは一人だけだった。
初めて見る顔だったが、おそらく二年生だろう、と私は判断した。

ごきげんよう

見知らぬその生徒は、軽く頭を下げつつ挨拶をした。
いかにも丁寧なそのしぐさと、抑揚の欠けた声がアンバランスで、ちょっと不気味だった。

「少々、お時間を戴きます」

その言葉が合図だったのか、六,七人の生徒がぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
入ったそばから、どこか軍隊的な規律正しさで横一列に並んでいく。
皆、一様に無表情で、なんとなくこの学園の雰囲気から逸脱した印象の集団だった。

「これはこれは、毎年ご苦労さまです」

三奈子さまが片笑みを浮かべて席を立ち、窓際に下がった。
その態度はまるで、

「ガサ入れでも何でもやって頂戴。ま、無駄だけど」

と云っているように見えた。

一方の私はといえば。
三奈子さまに倣って壁際に退きながら、そうか、ガサ入れって毎年あるんだ、などと考えていた。
が、それを断ち切るようにして、

「では、始めて」

闖入者のリーダーが号令をかけ、待機状態だった無表情集団が一斉に動き始めた。
スチールラックに近付き、中の書類を取り出して机の上に並べ、片っ端から目を通していく者。
失礼、と一言だけ断ってワープロを弄り始める者。
秘密書類の隠し場所でも探すかのように、壁や床の継ぎ目を調べる者。

と、まるで訓練通りといった風に、整然と室内を蹂躙してゆく。
機能的な仕事振りだったが、同時に、まさに『ガサ入れ』という無粋な響きに相応しい、がさつな振る舞いだ、と私には思えた。

さて、正直に云うが、今だからこそこうして冷静に、報告書然として状況を書いている。
しかし、当時、その場にいた私は、実はかなり動揺していた。
あまり上品とはいえない言葉を使ってはっきり云うなら、つまり、こうなる。

びびっていた、と。

平和な放課後に、いきなり異様な集団が現われて、容赦無く平穏を掻き乱し始めたのだ。
無理もないことだった、とは思うのだが。
中でも、殊更、私の神経を逆撫でしたものが、ひとつあった。
それは、闖入者たちが、代わる代わるランダムで飛ばしてくる奇妙な視線だった。
別に、威圧することを目的とした攻撃的な視線というわけではなかった。
だけど、複数の人間から妙な目付きで注目されているというだけで、私は非常に落ち着かない気分に陥ってしまった。
そんな訳で、(また使うが)びびりつつも、外見上は平然としていたつもりだったのだが。
その実、傍から見れば、かなり不安そうな様相を呈していたのかもしれない。

その証拠、と云えるだろうか。
いつの間にか、隣に真美さまが立っていたことは。
私に驚く暇も与えず、私の手を握った真美さまは、

「だいじょうぶ、すぐ終わるから」

と、私の耳元で囁いた。
真美さまのそんな行動からしても、やはり私は、蒼い顔のひとつもしていたのかもしれない。
もしかしたら、軽く震えてすらいたのかも。
自覚が無いというのは、良かれ悪しかれ恐ろしいものだと、今にして思う。

ともあれ、繰り返すが、それは仕方がないことだったのだ。
自分で云うのもなんだけど、私だっていっぱしのお嬢さま育ちだ。
生まれてこの方、こういう胡散臭い現場に立ち会ったことは、ほぼ皆無。
免疫が無いのも当然である。

真美さまは、相変わらず粛々と室内を荒らし回る不躾集団を、睨むように眺めていた。
そんな真美さまの険しげな横顔を、私は暫し見つめた。
その、憮然、かつ毅然とした態度に私は、場違いながら、改めて憧れの念を強くしたような気がした。

そんな経緯を経て、気分も落ち着いてきた頃。
ふと、開けっ放しの扉の陰に、人の気配を感じた。
そちらに視線を向けたときには、既に何も見えなかった。
が、確かにそこには、誰かがいた。
どうやらその人物は、私に気付かれたことに気付き、とっさに身を翻したらしい。
ただ、かろうじて、視界の隅に引っかかったものがあった。
それは、なんだかふわふわとした、柔らかそうなもの。
例えば、ひと房の巻き毛のような。
そんな、網膜にすら遺留しないような、酷く儚げなものだったように思う。

それから、約十分後。

敵、という認識で間違いないであろう集団は、去った。
成果があったのか、無かったのか。
勝敗をつけるとするなら、どちらの勝ちだったのだろうか。
などと、無駄なことを考えていると、

「やれやれまったく」

三奈子さまが、手刀で自分の肩を叩きつつ、そう云うのが聞こえた。

「あの」

私は、さっそく説明を求めようとしたのだが、

「ちょっと待って」

と、手のひらで押し止められてしまった。
周囲では真美さまたちが、無表情軍団に荒らされた書類の山を整頓、収納していた。
ワープロをチェックしたり、なぜか机や椅子の裏、ラックの裏を点検している先輩もいる。
どうやら、それらの作業が済むのを待て、ということらしい。

「部長」

先輩のひとりが、三奈子さまを呼んだ。
そちらに向かいながら三奈子さまは、

「あなたはお茶を入れて頂戴」

と指令を下さった。
私は云われたとおり、お茶の準備をしながら、先輩たちの様子を、特に、三奈子さまを呼んだ先輩の様子をうかがっていた。
その先輩は、手のひらの上に置いた小さな何かを、三奈子さまに見せていた。
思わず、我知らず、私はその『謎の物体』から目を逸らしてしまった。
見てはいけないもののような気がしたのだ。
ただ、耳を塞ぐわけにはいかなかったので、

「トイレにでも流してきて」

小声でそう指示する三奈子さまの声は、しっかり聞こえてしまった。
あれは、あの小さなものは。
現物を見るのは初めてだったが、それの正体を私は直感的に理解してしまった。
だけど私は、心の中に浮かんだその答えから、またも、目を逸らした。

「真相から云うと」

後始末が終わり、先輩方が机の周りに落ち着いた。
そして、私の淹れたお茶を前に、三奈子さまが口を開いた。

「さっき来た連中、あれは環境整備委員会の下っ端たちよ」

環境整備委員会。
意外な名前だったが、何度も聞いたことのある名前でもあった。

「環境整備委員会はもともと、構内の破損した備品のチェック、補修、購入、あとは花壇の管理などが主な仕事なんだけどね。
だけど、いつの間にか、山百合会の別働隊として活動するようになったの。
専門は、いわゆる、汚れ仕事というやつね」

そうなった時期や経緯はよく分からないんだけど、と三奈子さまは付け加えた。

「彼女たちの具体的な仕事内容は、あまり云いたくないから想像で賄って欲しいんだけど。
簡単に云うならば、裏のトラブルシューターといったところね。
校内はもちろん、校外でリリアンの生徒が起こしたトラブルの事後処理もやってるらしいわ。
でも、最大のターゲットは、やはり私たち、新聞部」

あと、写真部もね、と云って、三奈子さまは一息入れた。
映画なんかだと、煙草に火を付けるタイミングかもしれない。

「私たちはその活動の性質上、『不都合な真実』を知ってしまうことが多々あるのよ。
生徒たちの他人には云えない秘密とか、もっと重い家庭の事情とか。
それどころか、大層なお家が一つ潰れてしまいかねないような、スキャンダルの種までもね。
もちろん私たちだって、そんな危険なネタは胸とファイルに仕舞って、外に出すことは無い。
だけど、情報を握られている側は、握られているというだけで心穏やかではないものなのよ」

だからときどき、さっきのように、威嚇と偵察の意を込めて『ガサ入れ』にやってくる。
と、つまりはそういうことらしい。

「それと、この時期の『ガサ入れ』にはもうひとつの意味もあるの。
分かるかしら?」

残念ながら、私にはそれがよく分かった。
さっき三奈子さまが、わざわざ「毎年ご苦労さま」と云ったのも、ヒントだったのだろう。

「つまり、私、ですね?」
「そう、御名答」

私の答えに、三奈子さまは満足そうに頷いた。

「ちょうど今ごろが、新入部員が部に定着する時期なのね。
だから、それを狙って脅しをかけに来るって訳。
それで、ひとつでも将来の厄介の種を摘めれば万々歳、と」

やれやれ、という風に肩を竦める三奈子さま。

「逆に新聞部では、新人への通過儀礼として捉えているんだけどね。
入部試験も、新人いびりも無いウチのことだから、むしろ好都合とも云えるわけ」

ね?
と、三奈子さまは、真美さまたちを見渡した。
通過儀礼の通過者である先輩方は、共犯者的な笑みを交わした。

「とまあ、そうやってことあるごとに連中は、硬軟織り交ぜて干渉してくる訳。
その気持ちは分からないではないし、私たちだって弁えはある。
だからと云って、正当な報道活動まで邪魔される筋合いはない」

ここぞとばかり、断固、とした口調で三奈子さまが言い募った。

「聖書には『私が黙っても石が叫ぶだろう』とあるけど、石に任せる気なんてないわ。私たちはこれからも、自分の意思で真実を叫び続けるつもりよ」

それは、私に聞かせるためだけとは思えないような、堂々とした宣言だった。
こんなときにも駄洒落混じりなのが、何とも三奈子さまらしかった。
私は、訳も無く拍手をしたいような気持ちになった。

「さて、これで説明は終わり。
ここからは、質問タイム」

そう云って、三奈子さまは私に目を向けた。
真美さまたち諸先輩方も、いつの間にか私に注目していた。
あんな説明を聞いた後だと、皆さま百戦錬磨の兵に見えてくるから不思議だった。

「あなたが新聞部の一員でいる限り、環境整備委員会という、少々真っ当とは云いかねる連中と付き合っていかないといけない。
これからも度々ちょっかいをかけられるだろうし、あからさまな妨害を受けることもあるかもしれない。
身の危険を感じることも、絶対に無い、とは云い切れない。
少なくとも、普通のお嬢様女子高生とはひと味違う生活になることは保証するわ」

それでも、と三奈子さまは、あからさまに試す目付きで私を見た。

「それでも、あなたは新聞部員を続けようと思うかしら?
今ならまだ遅くは無いわよ。
ここを去ってもだれもあなたを責めないし、もちろん、恥でもない。
どうかしら、高知日出実さん」

それでも、と私は考えた。
いや、考えるまでも無く、覚悟は完了していた。
恐らくは、真美さまに手を握られたあのとき、既に。

私は立ち上がり、周りを見渡した。
そして、

「それでも、私は新聞部員でいたいです」

余計なことは省いて、ただそれだけを伝えた。

三奈子さまが椅子から立ち上がり、何かを受け止めるように、両手を大きく広げた。

「日出実さん。改めて、ようこそ新聞部へ」

私は、深く頭を下げて、叫ぶように云った。

「よろしくお願いします!」

 

 

 

<エピローグ>

 

リリアン女学園のどこか。

カーテンが締め切られた、昼なお暗い一室。
同じ服を着た、十人に満たない人間が、机を囲んで座っていた。
皆、唯一の光源である机上のパソコンから聞こえる声に聞き入っていた。
音質は悪いが、内容を理解するには十分だった。

「よろしくお願いします!」

やや音の割れた、威勢の良い声がして、控えめな拍手の音がそれに続いた。
それを、身じろぎもせず聞いていた上座の女が、右手で曖昧な仕草をした。
すると、すかさず、右隣の女がキーを操作して音声を消した。

高知日出実さん、と云ったわね」

上座の女が、消え入るような、微かな声で呟いた。
だれも反応は示さなかった。
女は、闇の中でもなお柔らかく広がる巻き毛を掻き揚げ、 軽く溜息を吐いた。
裂け目から空気の漏れるような、乾いた音がした。

「改めて、ようこそ、リリアン女学園へ」

 

 

 

注! 『エピローグ』は事実に基いた記述ではなく、あくまで筆者(高知)の想像の産物であることをお断りしておきます。
高知日出実

 

 

<おわり>

(初うp→07/9/24)

………………

P「新聞部と環境整備委員会の暗闘。そして新聞部姉妹三代の絆、的な感じのお話」
杏「“普通じゃない話”の片鱗が見えてきた感じかな」
P「まだまだ序の口ですね。あまりハードル上げるのも何なのですが」

比「新聞部メインとはまた、シブいっスね」
P「この作品の二次界隈で、初めて『新聞部メイン』と公言したのは、たぶん私です。それぐらい大好きだったんです、新聞部。初めて書いたSSは“新聞部員A”が主人公でしたしね」
比「それってつまり名無しキャラじゃないっスか」
P「高知日出実も、原作に名前が出てくる前からSSに登場させてました」

神「この書き出しは、もしや『キノ』のパロディか?」

P「書き出しに限らず、パロディはよく使わせていただきました。今回のこれは、書き出しを除けば一か所しかないはずですけど」
杏「今もパロディは多いもんね。むしろパロディばっかり、パロディで出来ていると言っても過言ではないほどにね」
神「二次創作ってのがそもそもパロディみたいなもんだからなあ」

橘「二次創作は、どちらかといえばパスティーシュだと思いますけど」
文「…作品の傾向にもよりますね」